気が付けば「いない」という事実

結婚したときに同じ組合に新婚さんが5組いました。多少の差はあるものの、新婚といっていい結婚してからの時間が浅い方たち。

それがいま見渡すとみんないなくなってしまった。3年後に1人、子供が小学校に上がるタイミングで1人、気がついたらいなくなっていた人が1人、高校に入るときに1人、そして最近は子供たちが成人して家を出て行ったタイミングで最後の1人。

原因はいろいろあると思いますが、第一には「同居」があげられると思います。そして「同居」でなくても義理親の家が敷地内にあったり歩いていける場所にあるということも大きかったと思います。

「お嫁さん」歴が25年経った私から見て衝撃でもなんでもなく、それはそういうシナリオであったが故の結果だとしか思えない。この件に対して地域の高齢夫人の方たちは「我慢が足りない。昔は・・」という話の展開になるので同意できない私は話の途中で退場するようにしています。あくまでもにこやかに。

結婚する年齢にもよりますが、若いうちにはなにがあっても自分なら変えてゆける、なんとかなるという思いや相手に対する愛情で「同居」を選んでしまうことが多いように思います。また家庭の事情であったり仕事の事情であったりと理由はさまざま。

しかし最近私は思うのです。

25年間、義家族と付き合ってきましたが「何一つ変わることはなかった」たぶんこれが離婚への扉であることは間違いないと思います。そして自分の味方であるはずのパートナーは結婚して生活するうちに曖昧な人になる、もしくは自分の味方ではなくなるという事実。面倒なことから逃げたいと思う気持ちは珍しいものではなくむしろ自然なことである。

この思っていたのと違うことのしわ寄せは見ている限り家に入ったほう、つまりはお嫁さん、お婿さんに向けられると思っています。いままであった「○○家族」というチームの中に一人で入っていくので「常識」は多数いるほうの常識が正しいと思われるからです。それがどんなに非常識であったとしてもです。

今回のブログで投資でも雑事でもなくこのことを書こうと思ったのは、今苦しんでいるひと、これから結婚する人への同居への考え方の1つの事実を知ってほしいという思いからです。

結婚は簡単に好きになったら籍を入れれば成立しますが、その先の生活は育ってきた環境が違う2人でも大変なのに、他の家族が加わることでさらに難解になります。そして多くの場合は年齢が上というだけで、方針が決定されることが多すぎるのです。

私が結婚してとても嫌だったことは、生活を監視されているということ。あちらは普通のことのようですが、いつ帰ってきたとかいつお風呂に入っているとか、日曜日は遅く起きてくるというようなこと。

どうでもいいと思うことを細かくチェックされているとこがとても不快でした。

ある日「ストーカー行為で訴えますよ?」と言ってみたら驚かれましたが、私は怒らないタイプに見えると言われるのでまさかの発言であった訳です。もちろんこの発言はパートナーにこんなことを言われたと文句の嵐があった訳ですが真実なので仕方がない。文句があるなら私へどうぞって言っておいて。とだけ言いました。

しかしここまで書いておいてなんですが、この言う行為に勝利の気持ち良さなんて微塵もない。暗く嫌な気持ちになっていたのを覚えています。人は思った以上に、自分の心に重いものを持つとそれを手放すまでに長い年月を要します。皆さんはマネをしませんように。。

今、家族という他人で大変な思いをしている方がいらっしゃいましたら、逃げられれば逃げたほうがいいです。

そしてこれから結婚しようとしている人は同じ時間を共に過ごす人と生活をスタートしたほうがいいと思います。子供が生まれても一緒にいられるのは20年くらい。子供をめぐる争いはとてもハードです。また子供を持たない選択をしても自由にチャレンジできる体力があるのは50代まで。人生は長いようでとても短い。

今の現状から逃げられない人は自分のやりたいことを探して始めてみるのも一案です。もしかしたら10年後にまったくちがう日常があるかもしれません。

同居を解消できる人も出来ない人も心を壊してしまいませんように。祈って止みません。

自分の人生を生きよう。あなたの嫌いな人の人生を生きることがありませんように。

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この記事を書いた人

50代になり子育ても終了までカウントダウン。自分の時間が使えるようになったのでいろいろと挑戦していきたいと思っています。趣味の読書・映画・勉強・PC ・ドライブを中心のブログです。そして子供の顎変形症の治療の記録も書いていきます。悩んでいる人の参考になればと思ってます。

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