どういう訳か人から相談を受けることが多いような気がする。
子供の受験の事、塾の選び方、いじめのこと、引っ越し先のこと、マンションを買おうか?健康、そして自分のこと。
あげればきりがないのですが一番話を聞いていて返答に困るのがその方の家族のことである。
たとえば子供の頃のネグレストから自分の家族にどう接していいのかわからないという内容であったりする。その方の親を酷いとかいっていいものか?言葉選びには慎重になる。
そして最近は子どもの頃の環境は大人になってからの心になにかしらの大きな影響を放つのではないかと思う。
見えない「愛情」というものがどれだけ大事なのかは言うまでもない。
ひとつ誤解のないように書いておきますが、愛情は肉親からでなくてもいいのだ。
学校の先生でも知り合いのおばちゃんでもとなりのおじさん、同級生、年下の子でも誰だっていいのだ。大事にしてもらった記憶がその子のその後の人生の心の要になるのだ。
親は完璧な人間ではない。
人によっては年齢こそ上であっても人間としては幼稚園児のように思う事もあるだろう。親という自分の存在には欠かせない人が自分にとって最悪の状況を生み出す要因になることだってあるのだ。
まったく血のつながらない人を思いつめたときに脳裏に浮かんだことがある私は血のつながりだけを重要視しない。
私は大人になって働き始めたときに自分の育った家庭を俯瞰してみることができました。
その世界だけしか知らないとそれが正しいと思いがちですが、正しさなんて環境が変わればまったく違うということ。正しさが心地よいほうに自分を置いてほしい。
真夏にアイスティーを飲みながらそんなことを思ったりしています。

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