子育て本には載っていない我が子の成長

長女の子育てしているときに、とても悩んでいた。

寝返りをうっても良いころなのに、寝返りをせず3カ月くらい遅れて寝返りをしたり

歩いていいころなのにベニーカーに乗っていた。

なんでも遅かった。

全てにおいてそうだった。

幼稚園にいけばのんびりと一人で遊んでいる。仲のよい子たちはいたけど一人でもだいじょうぶという感じである。

園庭を見渡せば子供たちが友達と走り回って遊んでいたけど、娘は室内で絵本を熱心に読んでいた。

それでもブランコだけは乗りたいらしく、たまにブランコにのる列に並んでいるのを見かけたけど、少し乱暴な子がきて押されて尻もちをついて順番を奪われても、お尻についた土をはらって並びなおすというような子だった。

この状況を当時の私はヤキモキしながら見ていた。

そしてそんな娘にイライラしていた。

初めての子育てで悩みはいろいろあったので育児本を沢山読んでいた。

今の本は知らないけど、細かく1ヶ月3か月、離乳食時期、いやいや期みたいなものも事細かく書いてあった。

この本を読んでいた私にもしもタイムマシーンがあるなら、いらいら自分にいってあげたい。

「本に書いてあるのは誰かの子供のことであなたの子供のことではないよ」と。

一人ずつ違うというのは言葉ではよく聞くけど母となり一生懸命子育てしていく内にわかっていたはずのことがわからなくなっていた。

このころの子育ては心の中が地獄であった。

「1歳になるのにベビーカーなの?」と話しかけてくる見知らぬ人の言葉に夜、涙を流したこともある。

他愛のない言葉なのに真剣に受け止めてしまっていた。

なんでこの子は出来ないのだろう?とさらに本を読んでいた。それはまさに読み漁っていたといってもいい。だいたい同じような内容の本なのにだ。

この状況が変わる時はある日突然だった。

それは小学1年生の家庭訪問の時の話。

大学を出たばかりの透明感のある女性の先生が考えながら話した言葉はその後の道しるべになった。

前段階の会話として、娘の行動が遅いことを心配しているということを先生に話した後の返答だった。

「私の小学生の頃に娘さんはとても似ていると思います。私も授業中に手を挙げて活発に発言したり賑やかにクラスメイトと休み時間を過ごしませんでした。みんながみんな活発である必要はないですし、そうだとしたらクラスが騒がしくて大変です」

考えながら話をしてくださりましたが、この言葉に言葉では言えないくらい救われました。

このままでいいのか。

そんな答えにたどり着くまでに6年もかかってしまいましたが、先生の言葉で肩の力が抜けました。

なにをそんなに頑張っていたのかはいくら考えても不明。

育児本は参考程度で良かったのだ。

みんな同じなんてことはあり得ないのだ。

違ってもいいのだ!

過ぎてしまった時間をもったいなく思った。

今ならその6年でもっと娘の好きな遊びをあきるまで付き合ってあげられるのになぁ。

過ぎた時間は戻らないので、大人になった娘と映画をみたりごろごろしたりしてその時間を埋めようと思っています。

もちろん娘は知らないけど、私には大事な時間です。

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この記事を書いた人

50代になり子育ても終了までカウントダウン。自分の時間が使えるようになったのでいろいろと挑戦していきたいと思っています。趣味の読書・映画・勉強・PC ・ドライブを中心のブログです。そして子供の顎変形症の治療の記録も書いていきます。悩んでいる人の参考になればと思ってます。

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