昨日の日記「NOをいう練習」の追記として相手の深層心理について書いてみようと思います。
私になにかしら不愉快なことをしてくる人たちは自己肯定感が低い、もしくは精神に年齢があるとしたら小学生で止まっているように見える人が多いような気がします。
自己肯定感とはありのままの自分を肯定的に受け入れることですが自分の価値がそもそも低いと自分で思っている人が多いような気がします。なので他人を蹴落としてその人よりも幸せであることを実感したくて人に近づいてくるのです。
ちなみに私は大金持ちでもなければスーパーエリートでもありません。しかしなんだか幸せそうに見えると昔から言われています。まぁ自分の好きなアイスを買っただけでご機嫌になれるのでそう見えるのかもしれません。
話は戻りますが厄介なのは人に迷惑をかけているということの本人にその自覚がないということ。
朝起きて歯を磨くような習慣で人に不愉快なことをします。そして相手が悲しそうな顔をしたりびっくりしたりするとまるで100万円でも拾ったような嬉しそうな顔をするのです。
やられた方はその嬉しそうな顔をみて二度傷つくというおまけつき
ここで思い出したくもない相手の顔を観察してみることをオススメします。まるで小学生のような顔をしているのでなんだか可哀そうです。そうです、彼らは「誰かに認めてもらいたい」「誰かに自分の存在意義をみてほしい」「誰かにすごいね」と言われたいだけの人たちなのです。
心の中に穴があいている彼らにどんなことを言っても無駄です。彼らの穴は彼ら本人にしか埋めることはできません。生い立ちであったり環境のせいにする人もいるかと思いますが私達は同情してはいけないのです。同情すればするほど彼らはしたり顔で蛭のようにいつまでもくっついてきます。
ひとつ思い出してほしいのは「人生にはタイムリミットがあるということ」嫌な人に振り回されている時間が長ければ長いほど私たちは幸福な時間を減らしていきます。
いろいろ考えたのですが彼らには彼らでなんとかしてもらって私達は自分を大事にしなくてはいけない。彼らの為と思ってしたことを俯瞰してみると、どんどん調子に乗らせていく手助けをしていたにすぎないのです。彼らはいろいろな手段を使ってきます。恫喝したと思ったら泣いてみたり、上から発言をしたと思ったら自分はいろいろと可哀そうな子であるとアピールしていたり。
だいたいは大きく捻じ曲げられた話であることが多いです。ただここでは不思議なほど俳優のようにすらすらと話し涙を見せたりもするので安心してはいけません。
つまりはこちらがどんな態度に出ようと彼らは自分の欲求を満たすためには手段を選ばずに私達を巻き込んでくるということです。
回避方法は受け身ではなく猛ダッシュの物理的距離を置くことです。
距離をおくと不思議なほどに耳障りのよい言葉でまた呼び寄せようとしますが、ここは風の音が鳴っているくらいの気持ちで対応しましょう。
彼らに効く薬はありません。自分の欲を満たすために何でもする人たちなのです。
よく考えてほしい。
自分の人生にその人たちは必要ですか?

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