誰も埋めてはくれない

子どものころの愛情の欠損を他人で埋めようとしても埋まらないものだ。

つまりは自分で自分を納得させいくことが大事なんだと思ったのは最近のことです。

親の愛情を受けられなかった分を彼、彼女、配偶者、子供の求めても埋まらない。埋まるどころが関係が悪化する可能性のほうが大きい。

配偶者にはそんな過去のことまで背負わすことはできないし子供は親の負の感情に敏感であり親の所有物ではない。

いかに子供の頃の環境が大事かとも思う。ひとつちゃんと書いておきたいのは「与えてもらえる環境であったのに故意に与えてもらえなかった」場合のことを言っている。

経済的には与えてあげられる環境であるにものかかわらず兄弟間で格差をつける、または子どもには無関心であること、心ない言葉をかけつづけることなどである。

子育てをしていると経済的にもっと良い塾に入れてあげられるだけのお金があったらなぁ、大学の授業料が大変だなぁ。学費だけはなんとか頑張って支払えるけれどスマホ代などは無理かも。

そんな心配をしていた時期が私にはあった。

しかし子どもは「今の塾で十分」「大学に入ったらバイトをするからだいじょうぶ」と言った。

就職した後に卒論と就活とバイトが重なって卒論がなかなか思うように進まなくて直してばかりいたときはきつかったけれどなんとかなってよかったと笑う

私はどうだっただろう?

兄弟の卒業旅行には当時大金を渡していた。私の時(研修)はいやいや仕方なく用意してくれたけれど家の手伝い(掃除や洗濯など)がバイトで出来なかったときは出発直前まで行かせない、なんで行かせないといけないのか、など暴言を言われていました。それは何十年経った今でも内容はちがっても暴言はやみません。

きっと親は暴言だとも思っていないのでしょう。

時は経ちつい最近まで育った家族のそれぞれの家族に対する愚痴を聞かされてきました。人の愚痴も聞くのはとっても疲れるものです。

冷静に考えるとありえないことが沢山ありました。冷静に「不愉快だ」と言ったことがあります。しかし「なんでお前はそんなに真面目なの?冗談もわからないの?」と言われたりもしました。

ブログにこういうことを書くのは読んでいて暗い気持ちになるかもしれません。でも今悩んでいる方の目に止まればいいなと思って書きました。

私は最近自分の人生最優先で生きていくことにしている。もう人生も半分以上過ぎ来年はいるのかさえ疑問だ。私のように思い悩んでいる方いらっしゃいましたら自分ファーストで過ごしませんか?

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この記事を書いた人

趣味は読書とドライブ、水泳や散歩も楽しみます。最近は庭作りにも挑戦中。いくつになってもいろいろなことにチャレンジできたらいいなぁと思っています。よろしくお願いします。

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